Stories of Collaboration

MES: Travel Journal "Current situation in June" *Japanese only

2026.02.25

*This article is available in Japanese only.
MES, an artist duo consisting of Arai Takeru and Tanikawa Kanae, who will present an exhibition at the Museum of Contemporary Art, Los Angeles (MOCA) in 2026, conducted a research trip in Los Angeles from June 23 to 30, 2025, together with curator Mari Tsukamoto (Curator, The Museum of Art, Kochi).
The visit included a site survey of The Geffen Contemporary at MOCA, as well as visits to Little Tokyo, the Manzanar National Historic Site, and fire-affected areas in Pacific Palisades. This travel journal reports on their eight-day stay during a period of social change following the launch of the second Donald Trump administration.

Text by: Tanikawa Kanae (MES) Drawing by: Arai Takeru(MES) Edited by: Kawamura Yoko

はじめに 「Los Angeles 天使たち」

Los Angeles。1781年スペイン語で名付けられた土地。ロス・アンヘレス。ロス・アンジェルス、ロサンジェルス、ロサンゼルス。書き方も読み方も日本語ではどうも定まらない。ときどき「ロス」と言ってしまうが、「Los」は定冠詞で、それのみでは意味を成さない。英語だと「The」としか言っていないことになる。

「ロス」が付く場所はたくさんある。「ロス」をLos Angelesと思い浮かべるのは日本語くらいだろうか。日本における漢字表記では、Los Angelesを「羅府」と当てる。1903年からLos Angelesで刊行されている日本語と英語のバイリンガル新聞『羅府新報』のローマ字表記は「RAFU SHINPO」で、ここでの「ら」は「LA」ではなく「RA」となっている。ヘボン式ローマ字に則っているのだろう。

ヘボン式ローマ字は、現在でも日本の公的文書では支配的で、例えばパスポートを取得する際、「らりるれろ」の文字を含む名前にはすべて「R」があてがわれ、「L」は基本的に使うことができない。とりあえず、ここでは通俗表現にならって、「LA」と書き、「エル・エー」と読むことにする。

The Geffen Contemporary at MOCA

MES: Travel Journal

リトルトーキョー周辺にあふれるICEヘの抗議のメッセージ

映画『恋する惑星』は『California Dreamin'(夢のカリフォルニア)』のためにつくられたようなストーリーだった。何度も何度も、唐突に、この歌がリピートされる。紙やオモチャ、本物の飛行機が飛び交うから、すっかりトニー・レオンがパイロットだと記憶していたが、実際は警官役だった。「ミッドナイト・エクスプレス」の店員フェイが爆音で踊り続ける歌を、警官633号が「慣れて」好きになっていくように、観ていると『California Dreamin'(夢のカリフォルニア)』が頭から離れなくなる。その歌詞は、寒い土地から温暖なカリフォルニア⸺LAに想いを寄せるというものだ。

すでに蒸し暑さの中に酷暑を予感し始めていた6月の東京。私たちもドライで温暖な気候に惹かれて、早くLAへ行きたかった。しかし、私たちの旅路には、予想通りの暗雲が垂れ込めた。

2025年6月6日、米国移民税関捜査局(United States Immigration and Customs Enforcement、略称ICE)が、LAの市民に大規模な強制捜査、摘発を強行した。翌日以降の市民抗議に対し、トランプ大統領がカリフォルニア州知事の反対を押し切って州兵2000人をLAに派遣。市民抗議が全米へと拡大する異例の事態となった 。

この事件は、第二次トランプ政権が発足した2025年1月20日以降、ICEが「不法」就労者を1000人以上逮捕したと発表し、あるいは4月上旬までに「不法」移民11万3000人以上を拘束し10万人以上を国外追放したことなどからすでに始まっていた。ICEの不当捜査や逮捕、国外追放に遭っている人々は、主に先住民、アラブ、ラテン、黒人、イスラム教徒のコミュニティであり、そうした人々の多くは様々な事情で永住権や国籍を持つことができない、あるいは申請中などの事情を抱えた「undocumented immigrant(書類なき移民、通称undocumented)」である。

6月5日にThe Geffen Contemporary at MOCAで開幕したPussy Riotのナージャ・トロコンニコワの個展「POLICE STATE(警察国家)」は、ナージャがロシアで政治犯として収監された経験と、2022年から続くロシアのウクライナ侵攻下での政治犯をテーマにしたデュレーショナル・パフォーマンスとインスタレーションだった*1。それらは6月7日以降、ICEへの抗議が美術館の1ブロック隣のストリートで拡大したことを受け、無観客での開催・閉館・延期を余儀なくされた*2 *3。これには、州兵の派遣によって拡大した抗議運動に加え、6月14日にトランプ大統領が自身の誕生日に首都ワシントンで軍事パレードを行うことへの反発があり、政治の私物化・軍事化に抗議する全米各地でのマーチ「NO KINGS(王様はいらない)」が同日に行われたことも関係している。

ロサンゼルス現代美術館(以下、MOCA)は14日、The Geffen Contemporary at MOCAの外壁に描かれた、アメリカ国旗のカラーを模したバーバラ・クルーガーの《Untitled(Questions)》を参照しながら、「We stand proudly with LA.(私たちは誇りを持ってロサンゼルスと共にある。)」という声明を出した。

WHO IS BEYOND THE LAW? 法の外にいるのは誰か?
WHO IS BOUGHT AND SOLD? 買われ、売られるのは誰か?
WHO IS FREE TO CHOOSE? 自由に選べるのは誰か?
WHO DOES THE TIME? 服役するのは誰か?
WHO FOLLOWS ORDERS? 命令に従うのは誰か?
WHO SALUTES LONGEST? 最も長く敬礼するのは誰か?
WHO PRAYS LOUDEST? 最も大声で祈るのは誰か?
WHO DIES FIRST? 最初に死ぬのは誰か?
WHO LAUGHS LAST? 最後に笑うのは誰か?

Barbara Kruger Untitled(Questions) 無題(質問) 1990/2018
日本語訳:谷川 果菜絵(MES)

MES: Travel Journal

初めてThe Geffen Contemporary at MOCAを訪れた2019年、《Untitled(Questions)》の前で。
撮影:渡邉剛太

アメリカのオンラインメディア『Hyperallergic』によれば、「undocumented」の人々を展覧会や作品の主題として取り扱っているにもかかわらず、多くの美術館・博物館はかれらへの連帯や、一連の抗議活動に対して明確な反応を示してこなかったという*4。この事実は、文化施設が何を守っているか、企業や国家などの資本的支持体とかかわりながら独立した思考を持ち行動することが、不可能に近いことを示している。MOCAの場合は、展覧会「POLICE STATE」が、その名の通り、警察や州兵による包囲という現実を、あたかも展覧会自体に想定された出来事かのように引き寄せた。その結果、アメリカとロシアという2つの国政の構造的近似性をまざまざと示したと言える。さらに、《Untitled(Questions)》の前に警察や州兵が立ちはだかる様子は、1992年のロドニー・キング事件の評決を発端とした「ロサンゼルス暴動」と呼ばれるLA最大規模の市民蜂起と同じ光景を呼び覚ました*5

私たちはLAを訪れる前から、SNSを通じて「アートのアクティビズム/アクティビズムのアート」を目の当たりにすることになった。見学を兼ねて参加を予定していた月末のMOCA MUSICプログラムはすべて中止となったが、6月10日にロサンゼルス市から発表された夜間外出禁止令は17日に解除され、23日にはLAに渡航することができた。

*1:Nadya Tolokonnikova (Pussy Riot) 「POLICE STATE」The Geffen Contemporary at MOCA(会期:2025年6月5日〜21日)

https://www.moca.org/program/nadya-tolokonnikova-police-state?utm_source=chatgpt.com

*2:Pussy Riot’s founder built a ‘police state’ in an LA art gallery. Then the national guard arrived(Guardian、2025年6月15日)

https://www.theguardian.com/artanddesign/2025/jun/15/pussy-riot-nadya-tolokonnikova-police-state

*3:MESは2025年4月に「鉄格子の向こう -ロシアの政治犯とアート-」の企画・運営・出展を行っていたこともあり、ナージャ・トロコンニコワやナージャが展示に組み入れた政治犯たちの動向に注目していた。
Behind Bars: Tokyo Exhibition Amplifies Russian Dissident Voices(ArtFocusNow、2025年4月16日)

https://artfocusnow.com/news/behind-bars-tokyo-exhibition-amplifies-russian-dissident-voices

*4:LA Museums Have Failed Undocumented Immigrants(Hyperallergic、2025年6月15日)

https://hyperallergic.com/1020357/los-angeles-museums-have-failed-undocumented-immigrants

*5:This Barbara Kruger Mural from 1990 Has Become the Year’s Most Poignant Artwork( ARTnews、2025年6月12日)

https://www.artnews.com/art-news/artists/barbara-kruger-untitled-questions-ice-protests-la-1234745039

マンザナー強制収容所

MES: Travel Journal

The Geffen Contemporary at MOCAはジャパンタウンの一つであるリトル・トーキョー地区に位置し、全米日系人博物館(Japanese American National Museum、略称JANM)のすぐ隣にある。現在、JANMはリニューアル工事のため休館中だが、1925年に建立された西本願寺(現・ヒストリック・ビルディング)や、向かいのパビリオンで職員から話を聞くことができた。

ヒストリック・ビルディングとパビリオンの間の敷地は、第二次世界大戦中の1942年5月、強制的に自宅から立ち退かされた日系人が、行き先も知らされぬまま収容所行きのバスへと乗せられた場所だという。リサーチをともにした塚本麻莉さん(高知県立美術館)の提案で、アメリカ国内で最も知られた日系人強制収容所であるマンザナー強制収容所を訪ねた。

LA市街地から北へおよそ4時間、車に揺られながら、砂漠とサボテンだけが続く景色を延々と眺める。かつて1万人以上の日系人が収容されていたマンザナーの敷地は広く、地図を片手に、気になる標識を見つけるたびに車を止め、その区画を歩いて回った。一歩外へ出ると、市街地でさえ目がくらむほどの太陽、さえぎるものが何もない。帽子とサングラスをかけてもなお眩しい。太陽の光がじりじりと肌を焼いたかと思えば、空っ風にひろわれた細かな砂が汗ばんだ肌に貼りつく。バラック、病院、柔道場、事件の現場⸺案内板があるものの、目の前にはひび割れた土と砂漠地帯の植物が生い茂るばかりだ。収容所の最奥に位置する慰霊塔の周りには、千羽鶴が散らばっている。慰霊塔の遠くにそびえる山肌には雪のしわが刻まれていて、遺されているバラックに入るとすきま風がビュービューとうるさく、冬はとても寒そうだ。ここで日系人たちが3年半以上にわたって「囲われ」「飼われて」いた。太陽の光と熱、人間の残酷さに意識が朦朧とする。

MES: Travel Journal

マンザナー強制収容所へ

MES: Travel Journal

山に重なる慰霊塔、乾燥地帯に飛び散った千羽鶴

MES: Travel Journal

マンザナーの跡地と枯れ木、バラックを回っていると強風が吹いて資料館で集めた収容者のネームタグが風で吹き飛ばされた

これまで日系人の強制収容について学ぶ機会がなかった私たちも、帰る頃には、その歴史をずいぶんと把握できるようになっていた。ビジターセンターの展示では、映像が理解に役立った*6。戦後、すべての人が収容所を出て市街地へ戻りたかったわけではなく、マンザナーでできたコミュニティを離れると行くあてのない人が多くいたことが、心に残った。休館中のJANMの職員から、第二次トランプ政権発足以降、「米国人に対して否定的な掲示や情報」を発見次第通報せよ、というQRコードが展示室に設置されているという話を聞き、同行した半田樹里さん(国立アートリサーチセンター)がその掲示をマンザナー強制収容所で実際に発見した*7

ここでいう「米国人」とは誰か? 展示は、過酷な状況におかれながらも生き延びた日系人の暮らしと戦後アメリカ社会への復帰に焦点が当てられており、むしろマイルドな表現とさえ感じられた。それでも、150年以上アメリカで生きてきた日系人を、再び「他者」あるいは「敵」に見立てようとする排外主義への扇動が、こうしたヒストリック・サイトにも及んでいる。

JANMは現政権に対し、2025年2月11日と3月15日に続けて声明文を発表した。これは、1798年に制定された「敵性外国人法(Alien Enemies Acts)」が、現在も生きた法としてほかのマイノリティ集団に利用されたことへの危惧と、12万5000人以上の日系アメリカ人の強制収容をもたらした「大統領令9066号」を繰り返させないという抗議であった。同時に、JANMが交差的なマイノリティへの「祝福の場」であり、「安全な場所、避難場所」であり続けることを約束する宣言だった。

現地談では、ICEの摘発対象には見た目がラテン系の人が多い傾向にあるという。一方、留学中のアジア系の友人によると、ビザ取り消しの可能性や不安から抗議への参加やSNSの投稿さえ気軽にできないといい、言動封殺され、脅かされている立場の人はさらに多いだろう。

LAコリアタウン出身のキャシー・パーク・ホンによるエッセイ『マイナーな感情 アジア系アメリカ人のアイデンティティ』(慶應義塾大学出版会、2024年)を思い出す。ホンは「Model Minority(模範的なマイノリティ)」としてアメリカに生きる「アジア系」は、つねに差異を平板化され、アジアの諸国間の侵略の歴史を軽視されながら「次の白人」として養成されており、さらにラテン系やイスラム教徒に対して、かつての日系人の強制収容と同じ歴史が繰り返されようとしている現実を眼差す。ホンは差異や個人に立脚しながら、それでも「アジア系」という総称をあえて用い、日系アメリカ人のオーラルヒストリーをつくってきたトム・イケダの発言「私たちは脆弱なコミュニティの側に立つ盟友でなければなりません。日系アメリカ人が1942年に持てなかった盟友でなければいけないのです」を引用する。この言葉は、「we(私たち)」であり、「here(同じ位置)」であると気づかせてくれる。

*6:マンザナー強制収容所にあるビジターセンターで上映されている映像は、マンザナー国立歴史公園のYouTubeチャンネルから見ることができる。
Manzanar NPS Remembering Manzanar Documentary

https://youtu.be/Spo1Khmp2U4?si=U48VAZLunzUNiJ8g

*7:このときの写真が記事化された。「日系人強制収容所跡地、米国に批判的な展示を報告するよう要請…全米日系人博物館が内務省の掲示に懸念」(読売新聞、2025年6月28日)

https://www.yomiuri.co.jp/world/20250628-OYT1T50035
MES: Travel Journal

マンザナーの帰りは完全に酔っていた。強烈な光と風を浴び、英語だけのキャプションに全集中力を注ぎ、空腹と寝不足でぐったりしていた。そうでなくとも、LAの道路は舗装が荒く車酔いしそうになるので、スマホを見るのを諦めて車窓からの風景を眺めていた。グラフィティにあふれた未完成の高層ビル、風に揺れる背の高いヤシの木、ハイウェイの長い長い渋滞がどこまでも続いている。LAでは人間よりも車に存在感があり、ギー・ドゥボールが「自動車の独裁」と呼んだ環境が現れている。

人々は安全な「カー・プセル」に入って孤立していて、つねに長距離を移動し、「分散」していく。テスラにHYUNDAI、無人タクシーのWaymo。さらに、小さな無人配送車が歩道を走っている。ICE抗議時には、このWaymoにメッセージを書かれ、燃やされ、抗議のエネルギーを反映する格好の的になった。抗議者たちは火をつけたWaymoの屋根に上がって、あるいは車の上や窓から、メキシコをはじめとする各国の旗を振って行進していた。それから2週間が経ち、私たちの滞在中には、道にあふれていたはずの州兵や警察、抗議の群衆はすっかり見られなくなり、封鎖されている道路もほとんどなくなっていた。

パシフィック・パリセーズの火災現場跡地

MES: Travel Journal

飛行機からみた更地になった被災地

ゲッティセンターへ向かう途中、パシフィック・パリセーズの火災現場跡地を見て回った。2025年1月7日、LAのイートンとパシフィック・パリセーズを中心に発生した火災は、「悪魔の風」とも呼ばれる季節性の強風・サンタアナ風の影響で延焼が相次ぎ、鎮火したのは1月31日と、およそ3週間近く燃え続けた。これはカリフォルニア史上最大規模の火災となり、5万7000エーカーが焼失、1万6000棟以上の建物が破壊され、29人が死亡したという。

高級住宅街であるパリセーズには、よく刈り込まれた生垣がある一方で、道路の両側の至る所に火災の跡が見られ、封鎖されている道もあった。湾の向こうの山の斜面にも、巨大な住宅の焼け跡が見える。半年を経たいまも、解体作業は途中といった具合で、更地になった敷地の合間に重なったままの瓦礫や剥き出しの鉄骨、燃えかけたヤシの木々、黒いススのついたレンガ塀が残っていた。HYUNDAIのブルドーザーが動き、ライムイエローとオレンジのベストを着た作業員が見える。道路脇には作業員向けのフードトラックが停まり、タコスの香りが漂っている。

MES: Travel Journal

パシフィック・パリセーズの焼け跡

『FOX NEWS』のニュースキャスターが、LAの被災状況を報道するときに「Look like Hiroshima after atomic bomb(原爆投下後の広島のようだ)」と発言した。「焼け野原」や「甚大な被害」の比喩というわけだ。この言い回しは今回の火災で初めて使われたものではない*8。これまでも「Hiroshima」と「Nagasaki」は、人災や自然災害を表す都合の良いモデルケースとして使われ、そのたびに物議を醸してきた。

一方、『ニューズウィーク日本版』は、LAの火災を「ハリウッド映画のような惨劇」と表現した。こうしたマスメディアや政治家の発言は、注目を集めるために個別の災事を平板化し、扇情的なクリシェをパブリックに拡散することに熱中している。私たちは、災害後のマスメディアの報道や人々の言動、そして政治的変動による被害の重層化を度々目の当たりにしてきた。それは東日本大震災後の状況を思い出せば痛いほどよく分かるし、およそ100年前の関東大震災で起きた朝鮮人や中国人、社会主義者らの虐殺の影響が、いまだに社会に残り続けていることからも明らかだ。

*8:2005年のハリケーンの際などにも「Hiroshima」が用いられていることが記され、比喩による事象の同一化について批判的な視座から論じられている。
Depicting Nuclear Risk Accurately: The Likely Global Effects of Nuclear Weapons in the 21st Century(The Nuclear Threat Initiative、2022年5月18日)

https://www.nti.org/risky-business/depicting-nuclear-risk-accurately-the-likely-global-effects-of-nuclear-weapons-in-the-21st-century
MES: Travel Journal

Burn Me!展でもらった焼失したウォーリー・ヘドリックの絵画のフライヤー

滞在中、リトルトーキョー付近のアート・ディストリクトにあるギャラリー、THE BOXでの展覧会「Burn Me! (私を燃やせ)」*9に出会った。THE BOXのステートメントによれば、この展覧会は「ポール・マッカーシー、モリー・ティアニー、マラ・マッカーシーが焼け落ちた家の内外から見つけられた作品を中心にキュレーションされ」「火災を生き延びた作品と、危ういアメリカの現状を訴える政治的作品という、二つの作品領域」から、LAの人々が経験した「損失の悲しみ」が、「権威主義の台頭、国家による暴力、家父長制、検閲、そして集団抵抗に満ちた現代の政治的緊張の中で私たちが感じる、生々しい怒りと重なる」ことを提示しているという。

タイトルは、マッカーシー家がコレクションしていたLAのカウンターカルチャーのアーティスト、ウォーリー・ヘドリックによる絵画に由来する。アメリカ国旗の上に太い黒字で「Burn Me!」と描かれたこの作品は、イートン火災で燃えて失われてしまった。会場にはジェーソン・ローズ《Recession Era Perfect World Park Bench(不況時代の完璧な世界の公園ベンチ)》 など、溶けて変形、変色した彫刻や絵画が配置されていた。それらは一見、そのようにつくられた作品然として、近年しばしば見られる、好んで意図的につくり出されるようなゴシックでポストアポカリプティックな美的要素をたたえ、不穏さを醸し出している。

MES: Travel Journal

Burn Me!展会場風景

MES: Travel Journal

写真左:ジェーソン・ローズ《Perfect World Park Bench》(2000~2001年頃)
写真右:モリー・ティアニー《Eight Flags》(2017~現在)

一方、大きな壁一面に掲げられたモリー・ティアニー《Eight Flags》は、アメリカ国旗が下地になっているとおぼしき黒い平面作品で、イートン火災で燃えたために黒く焼け焦げたような見た目なのではない。2017年にニーナ・R・サレルノとともにLAで行ったパフォーマンス《AMERICANA AMOR, OR NO MORE…》で燃した国旗と、新たに黒い巨大なボロ布を組み合わせ、「アメリカの現状」として構成された作品である。《AMERICANA AMOR, OR NO MORE…》は、アメリカ憲法に認められた国旗を燃す権利を行使して、国旗の「退役式」を行うパフォーマンスだった。



このテクストを書いている最中、友人との間で「日本の国旗を燃す権利はある?」という話題が出たので調べたら、まさに今、日本の現政権が、かつて幾度かに渡って違憲判決を受け無効化されているアメリカの「国旗保護法(Flag Protection Act)」に倣って、「国旗損壊罪」制定へ再び動き出しているというから面食らった*10

ポール・マッカーシーやモリー・ティアニーは「Burn Me!」に先駆けて2月に開催された、火災で被害を受けたアーティスト約80組による展覧会「ワン・ハンドレッド・パーセント」に参加。この展覧会では、キャリアに関係なく、焼け跡から救出された作品や災害をきっかけにつくられた作品を集められた。Frieze Los Angelsと同時期に開催され、売上の利益はアーティストに100%還元された*11。キュレーターのアラム・モシャイェディが本展を「非階層的な展覧会」であると説明したように、「ワン・ハンドレッド・パーセント」は、社会のヒエラルキーが顕著に反映されがちなアートシーンにおいて、災害という共通の経験から一時的に発生した関係性がなし得ることの可能性を提示しているように感じられた。

*10:「国旗損壊罪」制定へ26年通常国会に法案 自民党・維新合意(日本経済新聞、2025年10月20日)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA209Z90Q5A021C2000000/

*11:Their studios burned. Their art was destroyed. A new exhibit of more than 80 LA artists devastated by fire(The Guardian、2025年2月18日)

https://www.theguardian.com/us-news/2025/feb/18/los-angeles-wildfires-one-hundred-percent-art-show

おわりに This Is America, これがアメリカ、

チャイルディッシュ・ガンビーノ『This Is America』がリリースされたのは、2018年のことだった。LA拠点のヒロ・ムライが監督したミュージックビデオは、踊りや銃撃など、アメリカにおける黒人の歴史が連続的に展開されていく。

「Don’t catch you slippin’ now(油断するな、やられるな)」その言葉の通り、今回のLAでのリサーチは、何気ない光景の中に数々の事件の残響を感じとることの連続だった。抗議のグラフィティが残るストリート、かつての収容所生活の痕跡、燃え残った家屋。私たちは静かな通りに立ち、そこに響いたはずの声に耳を澄ます。──This Is America、これがアメリカという国だ。このフレーズは決して固定されることなく、今のアメリカに生きる人々、あるいは渡航者の私たちによってさえも、何度でもリライトされ続ける。

MES

Arai Takeru was born in Chiba in 1991 and is based in Tokyo.
Tanikawa Kanae was born in Hokkaido in 1991 and is based in Tokyo.

Arai Takeru and Tanikawa Kanae work together as the artist duo MES, formed in 2015 when they were students at Tokyo University of the Arts. Through artistic activities focused on social issues such as politics, disasters, and gender, they challenge conventional thought and systems from new perspectives. À la dérive between club culture and contemporary art, they stage performances and create installations that sometimes quietly, sometimes intensely illuminate the darkness of the world through light and heat. Employing collaborative, intersectional approaches, their practice involves constant experimentation and exploration in stage directing, performing, and organizing, as can be seen in the REVOLIC—Revolution Holic party they hosted.

https://jump-ncar.artmuseums.go.jp/members/mes/?lang=en
MES